2018/1/2 Pan-European Picnic Park

Sopron 郊外に東西冷戦崩壊の象徴が残っている。1989年夏、Sopron郊外のハンガリー・オーストリア国境で汎ヨーロッパピクニックが行われ、多くの東ドイツ市民が西側に脱出した。この後、東ドイツはボロボロになっていき、ベルリンの壁崩壊と東西冷戦終結につながった。そんな記念すべき場所が、Pan-Eoropean Picnic Park(汎ヨーロッパピクニック公園) として整備されているので、行ってみた。


青い線がSopron -> Pan-European Picinic Park, 緑の線が Pan-European Picinic Park -> Sankt Margarethen

公園はSopronの街から10km程離れたところにあるのだが、残念ながら公共交通機関はない。わざわざ車を借りるほどのことはないので、自転車を借りることにした。ツーリストオフィスで聞くと、少し町外れの Hotel Sopron で借りれるようだった。Hotel Sopron から北の方へ自転車で走り出す。30分ほどで国境に着いた。

借りた自転車。後ろのキャリアに荷物が挟めるようになってて便利
汎ヨーロッパピクニック公園近くのハンガリー・オーストリア国境 手前がハンガリー・向こうがオーストリア

国境には誰もいないかと思ってたが,オーストリア側にオーストリア軍の兵士が立っていて、オーストリアに入国する車を外から一瞥だけど簡単にチェックしてた。止められている車はいなかったけど。シェンゲン圏内の国境なのにこんなこともあるんだね。季節外れのせいか、公園には誰もいなかった。この公園は一応ヨーロッパ遺産になっているのだけど、観光客なんて皆無だった。そりゃそうか。

誰もいない汎ヨーロッパピクニック公園 中央やや左の奥の方に当時の監視塔が見える

再現された鉄条網が国境沿いにある。ベルリンの壁みたいに街中にあったわけではないけど、険しい峠でもなく、なだらかな丘陵地帯に突然鉄条網が現れる。日本の都道府県の堺の方がよっぽど自然なくらいに、この辺の国境って何もないところに突然現れる。しかもオーストリアとハンガリーは昔は一つの国だったのだし…

再現された「鉄のカーテン」

国境の鉄条網の説明

国境の監視塔は当時のものが残っている。冷戦時代の生き証人だ。ベルリンの街もどんどん変わっていく最近だけど、ここの国境にはまだ当時のものが残っている。もう東西冷戦の終わりから30年近く経っているんだなあ。

冷戦時代の生き証人 当時の監視塔

せっかく国境まで自転車で来たので、オーストリア側の最初の集落まで自転車で行ってみることにした。向かい風が強くて何度も途中で帰ろうかと思ったが、何とか最初の集落のSt. Margarethen までたどり着いて、村の看板の前で写真を撮って帰ってきた。

オーストリア側の最初の集落 St. Magarethen の入口